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 裁判外紛争解決事例

 

セクハラ事例 編

 

 

1)企業からみた、セクシュアルハラスメント

 

〜参考事例1

 A社は、市教育委員会から委託を受け、学校給食関連の事業(販売ルートは他にもあり)を展開している従業員数20名ほどの会社です。そこで繰り返されていた役員(専務。代表者の息子)によるセクハラ行為。被害者は3名。

被害状況。
・スカートをめくりあげられる。

・キスをされる。

・胸を触られる。

・自身のセクハラ行為で興奮した行為者が下半身を露出させ、被害者の横でマスターベーションを始める。

等々。

セクハラに耐え切れず被害者Bさんは退社。(やめることを決心した後で、夫とともに会社に対し抗議。退社日に一応の謝罪あり)
しかし後日、
行為者の配偶者より、「私たちを離婚させるために面白がっている」。
行為者の母より、「Bさんは重篤な病気が発症したことによる体調不良でやめた」
等の嘘を周囲に話していることを知る。

Bさん。「退社する時に、すいません等々の謝罪が行為者及び代表者よりあったが、あれはやはり形だけのもので反省などしていない」「絶対に許さない」と思い、労働紛争に発展。

紆余曲折した後、Bさんは社会保険労務士から紹介された労働組合に相談。団交申し込み。

自主解決。
・会社は解決金としてBさんに120万円支払う。(その他、会社側弁護士立会いの上での団交であったことを考えると、当然弁護士費用も別途発生していると思われる)
・会社は、今後も労働関係法規を遵守し、労働者の福祉の増進に資するように努めることを約束する(協定書として締結)、等々。

 

(出典・参考文献。『個人加盟ユニオンの紛争解決 〜セクハラをめぐる3つの紛争事例から〜 :独立行政法人 労働政策研究・研修機構』)


〜当該事例から考える

企業側の希望その1〜 当該セクハラ問題が表面化しないこと


@ 考察
 当該事例においては、事態の表面化(訴訟等によるもの)は回避できています。しかし、これは相談された労組委員長がA社についてよく知っていたこと、及び教育委員会とも接点があり、事態が教育委員会に伝わると委託契約解除の虞がある等、A社にとって解決金120万円どころの損失では収拾がつかなくなる可能性があったため、金銭による損失が発生しようと早期の解決を望まざるを得ない、といったA社側の事情が強く反映された結果であろうと推測できます。


企業側の希望その2〜 賠償金額を低く抑えたい

 

@     考察
 現在、本訴以外にも裁判外紛争解決手続き(ADR。労働局によるあっせん等)がありますが、賠償金額だけに焦点をあてると、本訴よりもADRでの解決の方が金額(解決金、とする場合が多い)が高額になる傾向があるとされています。
 これは、ADRが非公開であることにより秘密性が担保され易い、という事情が少なからず影響していると思われます。ようするに、当該一件を世に知られたくはない、という会社側の高いニーズとの引き換え。

 今回の事例1が本訴に移行していた場合に、いかほどの解決金になっていたかは不明ですが、A社は諸々の事情を考慮した結果、解決金として120万円を支払っています。交渉経緯等が不明であるためあくまでも推察に過ぎませんが、ハラスメントに関する多数の裁判例を読む限り、今回の被害実態からみて、本訴においては裁判所から120万円よりも低い和解金額を提案されていた可能性の方が高いと考えます。

 しかし、代理人を立てれば弁護士費用は別途発生しますし、公開裁判になった場合の周囲に与える影響の大きさを考えると、口外しない等々の文言を含んだ合意書といった書面を残すことは会社側にとって大きな意味を持つのではないか、と思われます。(当該事例において、そういった書面が交わされたか否かは不明です)
 このように賠償金額の多寡にかかわらずに秘密裏に解決を、という希望がより強い場合は、賠償金・解決金等を低廉に抑える、といった希望はその優先順位を下げざるを得ないのでしょう。
 

企業側の希望その3〜 その他の従業員のモティベーションの低下防止

 

@     考察
 今回の事例における被害者は3名です。当該3名は当然その能力を100%発揮できなかったであろうことは想像がつくでしょう。では、他の従業員は何ら変わらずにいられるでしょうか?

 他の従業員が行為者のセクハラに全く気付かない、といったことは考えづらい。とすれば、次は私がターゲットに? といった恐怖心を抱いてしかるべきではないでしょうか。
 もちろん、行為者が全ての女性従業員に対しセクハラを行うことも考えづらいといえますが、だからといって「私は大丈夫」とも言い切れません。そうである限り、会社に対する愛着心が深まることはないでしょうし、仕事に対する向上心も起こりにくいでしょう。そんな環境下に置かれる従業員のモティベーションは、さぞや日々低下の一途をたどる、と考えてしかるべきです。

 「どうせ何もしてくれない会社だ」「粛々と言われたことだけをこなし、早めに見切りをつけられるよう自己啓発しよう」
労働者にこう思わせることは最悪です。職場に厭世感が蔓延する、優秀な者から去る、生産性が低下する等のハラスメントリスクに直結、顕在化します。

 昨今の経済市場の冷え込み、構造的な不況等々、業績低迷の原因が語られますが、ハラスメントの放置も、十分に業績低迷の一因になると理解すべきです。

 

当該事案における会社対応の問題点

 


・セクハラに対する苦情(退職日)に対し、行為者が会社側の身内ということで真剣に対応しようとしていない。
・退職する、ということであっても、真摯に調査をし、その結果を被害を申し立てたBさんに報告し、当該事実が認定されれば、厳正な処分を行為者に科する等々の処置が必要であったにもかかわらず、どうせ退社するのだからあわよくば有耶無耶に、といった思惑が働いたと推測される。

・謝罪はした、とはいうものの、形だけのものに過ぎず、後日被害者にまつわる虚偽の話を流布したこともあり、被害者の不信感を増幅させた。
・問題の原因を探ろうともせず、ただ被害者の退職により幕を引いたつもりであっても、何ら罰せられていない行為者にとってみれば無罪放免同様であり、今後もセクハラ行為が繰り返される、それもますますエスカレートしたものになりかねない。それは時として刑事事件にも発展する恐れもあり、そうなればA社の業種、立場からすれば会社崩壊にもつながる可能性が高い。会社としてはそういった危機意識を抱く必要があるが、A社の代表者、行為者等々関係者は全く抱いていない。

 

留意点

 

 平成18年からスタートしている労働審判制度は、原則非公開です。これは一見企業側の希望その1を満たすように思われますが、労働者側の勝訴率が本訴よりも高いとされ、圧倒的に労働者有利、といった流れが定着しつつあると聞き及んでいます。ですから、企業側とすれば、労働審判制度までもっていかない、いかれない。出来る限り労働局でのあっせん制度の利用をその限界点にする、といった範囲内で終息させる必要性を十分に認識すべきでしょう。

 但し、被害者の訴えがすべて真実とは限りません。裁判例でも、被害者側の請求棄却、敗訴等々の判断を下される事例もあります。特にセクハラ行為は密室で行われることが大半で、第3者の証言が得難い。だからこそ行為者の卑劣な行為が行われるといえますが、反面悪意を持った虚偽報告にて行為者を陥れようとすることもあります。

 このあたりの見極めは困難ですが、真摯に対応することでどちらかの矛盾を感じることは可能です。それにはやはり、きちんと被害者、行為者の話を傾聴する必要があります。

 会社はセクハラ行為を決して個人的な問題とせず、会社を巻き込んだ大きな問題に発展する可能性の高い危険な芽、として善後策を講じるべきです。

 当事務所は、そのお手伝いができる社会保険労務士事務所です。

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